セクシーな外国人音楽家“オール・エンジェルス”をエロい目で見なくなれる

音楽をランダムで再生した時オール・エンジェルスが再生された。以前はこのジャケットを見ると「この人たち全員とセックスしたい」と思っていた。しかし今回改めて見た時、以前のその性的な感覚を抱かなかった。癒される歌声を「性的な感覚」を介在させずに「純粋に」耳で味わいたいといった感覚に変わってしまった。その決め手はオールエンジェルスのその上品に膨らんだおっぱいを無意識に「単なるアクセサリーだ」とジョーク感覚で見なしてしまったからだった。

オールエンジェルスのおっぱいは「アクセサリーだ!」とジョークな視点で見なすと性的に見なくなれる

「性的な要素を排除する」ことで深く癒やされる

「オールエンジェルスの誰かとセックスしたい」そう思いながら聴いていたときは、「セックスがゴール」であることにさいなまれて音楽鑑賞に集中できなかった。

しかし、オナホールとラブドールによって性欲に振り回される日常が終わって性的な感情が日常的に失せた段階で、再びこのオールエンジェルスの癒し音楽を聴いたところ、セックスで完結ではなく「音楽鑑賞で完結する」感覚に至った。

これにより、あきらめがついて音楽鑑賞に一極集中できて「より深く」没頭できるようになった。ジャケット写真を見ながらであっても性的な感情を抱くことなく純粋にオールエンジェルスの癒し曲を味わえるようになった。

「性の悩みから卒業すること」で「セクシーな女性アーティストの音楽」も純粋に鑑賞できるようになる

海外の女性アーティストで特に癒し系の音楽を専門とするニューエイジ系は「谷間をやたら見せ付けてくるジャケット」など性的なものが多い。それはあたかもこちら側に「まさか谷間を見てムラムラしてるんじゃないわよね?」などと試されている感覚にさえなってしまう。

そのジャケットの谷間を見て普通に「エロい」「揉みたい」「谷間に指を挿れたい」といった感覚はまさに勘違いではないかと薄々気づいてはいた。

しかし、もう勘違いすることは無くなった。その方々の意向通り「谷間や胸元を見せる行為」は「アクセサリー感覚」といった感覚と一致して見なすことができる。その感覚で見なすことができるようになった。

そして「性的な理由でCDジャケットを手にとる」といった行為さえも無くなり、純粋にその曲単体で癒されるかどうかというさらに純正度の高い音楽鑑賞に至ることができてしまった。

「胸は肉のアクセサリーと見なす」ことでセクシーな女性音楽アーティストを性的に見なすことなく純粋に楽しめる

音楽鑑賞に性的な介入を徹底的に除外させて純粋に音楽鑑賞を楽しめるようになってしまう。性の悩みに振り回される日常から脱出することで「エロい“オンナ”のジャケットの音楽」「エロいオンナが楽器を弾いてる音楽」それらをその性的な様子を排除して純粋に音楽だけを楽しめるようになれる。

「この女性アーティスト、なんかエロいからCD買おう。(う〜ん、エロくて買ったんだけれどいざ聴いてみたら肝心の曲がいまいち…)」といった無駄遣い感覚を徹底的に排除できる。節約できる。

コツはラブドールとセックスするときに「おっぱいはアクセサリーと見なしながらそのセックスを楽しむこと」であった。

そして日常では歩道で通りすがるあらゆるオンナの方々のおっぱいを「アクセサリーだと見なしながら通り過ぎること」であった。これで谷間を性的な目で見るべきではないTPOで性的に見てしまうのを回避できるようになってしまう。※数年掛かった。

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