「ワンピ風のエロい“オンナ”」が視界に入ってもムラムラしなくなった。

   

外出したときいかにもエロそうな人が視界に入った。茶髪。白いスーツのよう。ワンピース、もしくはドレスのよう、視界だけでもわかる。視界で分かるほど上品ともエロいとも言える姿態、視界で分かるほどの雌雌しいオーラ。しかし、以前の性欲依存状態とは違った。今日はチラッとさえ見ようと思えなかった。視界にボヤボヤ入って終了、そのまま目で追う気さえも起きなかった。自身から性欲がずいぶんと失せてしまっていることを再確認してしまった。

こっそりチラチラとエロいオンナを見てしまっていた

以前はこっそり「顔を正面に向けたまま」チラッチラッと「目だけで」そういった「エロい”オンナ”」を見てしまっている自身がいた。髪、オッパイ、お尻、脚、チラッチラッと必ず見てしまっていた。しかし、性欲に依存していたような状態から抜け出した結果、”オンナ”が視界に入っても見る気が無くなってしまった。本能的にそそる感覚が消滅してしまっていた。そうして、視界にボヤボヤ入っただけで通り過ぎてしまった。いかにも「見て!」と言わんばかりのエロさ、そんな「ワタシエロいんです!見て!」な人さえも見る気が失せてしまった。

「自転車から溢れ落ちんばかりのOLのお尻」

かつて早朝に「ピタピタでクビレクッキリスーツのOLがママチャリに乗っていてサドルから溢れ落ちんばかりのデカ尻」を目にした時は目がいってしまっていた。しかしそれと同じような光景が視界に入っても見る気さえしなくなってしまった。性欲のとんでもない失せ具合に自分でも驚いてしまう。

「性欲依存のほうがいいのかもしれない…」

逆に以前のように性欲依存な状態の方が良かったのではないかといった未練さえ生じてしまった。性欲異常な感じだった感覚がずいぶんと無くなって寂しい感覚がある。しかし、性欲に振り回されない日常も楽しめる。以前とは違った見え方がしてまたすごくいい。特に美術的な楽しみを見い出せるようになった。

「外出するたびにムラムラして帰宅して抜く」がゼロに。

以前は外出するたびにムラムラしていた。パンツにいつも我慢汁が出ていた。そしてエロいオンナを目にしてしまうともう我慢できなくなって帰宅してからすぐさまオナホールやラブドールで欲求を満たしていた。カップルなどを見ると「この後帰宅してめちゃくちゃセクロスするんだろう!!!」と思い、我慢できなくなってよくラブドールとセックスしていた。

「自己説得なし。シラフで卒業。」

しかし、そのムラムラが「何の自己説得もなく」起こらなくなってしまった。「別にそんなことじゃムラムラしない」などと見栄を張ってその自己説得で思いっきりムラムラを抑えていた時期もあった。それさえも無くなった。さらに単発ではなく長期でそれが継続されている。自分は一生オナホとラブドールで性欲を満たすと思っていたが、人に触れることなくラブドールとオナホールでこの領域に至れてオナホとラブドールに依存しなくなったことは本当に予想もしなかった。

美術路線にシフトできる

本屋で裸体絵画のコーナーを通り過ぎるときもムラムラしなくなった。そして裸体を勃起せずに鑑賞できるようになった。裸像にもムラムラしなくなった。美術品として純粋に楽しめるようになった。

さらに、カップルを目の前にしてカップルの美術として見なせるようになった。カップルを目にしたときに「このあと滅茶苦茶セクロスしました!」と連想することが無くなった。

「人に触れなければ性欲依存から卒業できない」は幻想

人に接触しなくても性に悩みに振り回される日常はオナホールとラブドールで終了できてしまった。以前はソープに行かなければ一生ラブドールとオナホールに依存し続けると悟っていた。老後も、ラブドールとセックスしている自分が見えた。しかし、オナホールとラブドールに没頭した結果、それが幻想だということに気づいた。依存どころか早々に性欲が失せてしまったのだ。

ラブドールとのセックス中に「おっぱいはアクセサリーだ」と楽しむ

胸を(肉の)アクセサリーとして楽しみだした辺りから性欲依存がだんだん終わり出した。そのため、この楽しみ方でオナホールにもラブドールにも風俗にもAVにも散財することは無くなる。依存ではなく純粋な距離感で楽しむことができるようになる。節約できる。「性欲に振り回されて落ち着かない日々、集中できない日々」も終わる。

とにかく「一般的に、エロいと認識される存在」を見たときに、今までは「エロい!」と思うことから始まっていたのが、今度は「美術だ!」と思うことから始まってしまうようになる。

※関連ページ:当サイト「胸肉」について

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