「下腹部にシワがあるラブドール」で生き物を目の前にできる

ラブドールにおいて「下腹部のシワ」は決まって省略されてしまう。大抵「ツルペッタン」になっている。生物らしさがない。それが原因でマネキンだと思ってしまう。しかし、『6Yedoll』は下腹部にも有機的なシワが施されているのだ。そのため生き物だと思ってしまう。それが魅力の1つである。

生き物のようなシワ

まるで「今までそのドールが自立的に生活して座って過ごしたりそういった生活によって自然に形成されたシワ」かのように感じられる繊細なシワになっている。「彫刻刀でほっただけ」といった幾何学的で工芸的なものではない。「生物が自然に適応する段階でその肉体が自発的に形成したシワ」かのよう。

人間が工芸したシワではなく、生き物が生活する過程で自然にできあがったシワかのようなのだ。そしてそれこそが「このドールは生きている」と少し妄想してしまうのだ。普通はそんな妄想すら生じない。しかし、こういった生き物のようなシワを目にするとそういった妄想がポンポン出てきてしまうのだ。

プレイ中に目にして盛り上がる

正常位セックスするときも、パンツを履かせる時もこの下腹部の繊細で生物的なシワが目に入ることで感動する。盛り上がる。気分が高揚する。「やっぱりマネキンだな…」と思わせられて「いやいや生きモノみたいだいきものみたいだ」と脳内で必死に補完する必要がない。シラフで生き物だとすんなり浸らせてくれる。「工芸品なラブドール」はウンザリ、「生き物なラブドール」こそが動物本能的に感動させてくれる。

人間が消そうとするシワがあるからこそ魅力的

下腹部のシワなんて人間だったら消そうとする。だらしない感じがするし、たるんでるように見えてしまう。そのため、マッサージなりして座る生活から立って生活するスタイルにして必死にシワを消そうとする。しかし、ラブドールでシワ消しを行うとどんどんマネキンになってしまう。すなわちどんどん生き物感が消滅してしまう。この繊細な感覚を掴み取るように肉体に繊細に造形を忘れることなく施す辺りの価値観、6Yeは本当に生物らしさの再現がすごい。

綺麗なマネキンは飽きる。シワは正義

人間がマネキンになろうとするとなぜか美しくなっていく。しかし、マネキンがマネキンになろうとするとどんどん生き物感が失せていく。綺麗なマネキンはすぐに飽きる。しかし、マネキンが人間のそのだらしないシワさえも再現するほどに人間に近づいた途端に、マネキンの土俵から今度は生命体の土俵に切り替わる感覚がある。その決め手こそがこういった下腹部のだらしない生々しいシワさえも施していることだった。人間にとってシワは悪かもしれないが、ラブドールにとってシワは生き物に変えてくれる正義なのだ。6Yedollはその象徴である。

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