くりぃむしちゅー上田氏が“性欲が無い”と発言するのは「見栄」ではなかった

「性欲は無い」以前は羞恥心や社会的な理由でそう言っていたのと思っていた。熊本地震の復興支援ラジオでくりぃむしちゅーのANNが一時的に復活した時も上田晋也氏が「性欲は無い」といったようなことを言っていた。その意味がわからなかった。見栄だと思っていた。羞恥心からくる発言だと思っていた。

「不謹慎だから…」

くりぃむしちゅー上田氏が有田氏にツッコまれたときに「もうそういうムラムラすることないね〜」と(いったような趣旨の)発言をしていた瞬間、「今ここで“ムラムラします”と発言すると不謹慎だからだ」とそう発言した理由を予想している自分がいた。

「熊本地震のこんな大変な時期だからそういったエロい発言はコンプライアンス的に避けているのだろう。」「熊本地震でのラジオだからルールによって言えないから言っていない。」と思ってしまっていた。

熊本地震という事態が起きた時に不謹慎だと思われないようにするために「性欲はない」と今回も発言していると思っていた。

しかし、それは違った。

「本当に性欲が無い」から「純粋に」そう発言している

「不謹慎」だから「性欲が無い」と発言しているのではなく「本当に性欲が無い」から「純粋に」そう発言していたのだ。それをオナホールとラブドールによっていざ自身から性欲が大幅に減退されたときに肌で感じた。あの発言は本心だったのだ。

不謹慎だからとかそういったルールによって抑制して社会のTPOに合わせた発言をしていたのではなかった。本当にくりぃむしちゅー上田氏は何の抑制もなく性欲というのが「湧かない」というのが本心だと確信できてしまった。

「今はそういう場合じゃない!性欲なんて湧いてる状況じゃない!」といった一時的なものではなく、本当に日常的に性欲が無い状態だったのだ。その次元だということを性欲に振り回されなくなってやっと確信できてしまった。

「社会的地位を保つためにそういった発言を…」

「あぁ…見栄で言ってるのだろうか、社会的な地位を保つためにそう言ってるのだろうか…やはり人前では“エロNGエロ興味なし!”と言う世渡り上手な人…処世術…なんて頭のいい人…」そう思っていた。しかし、それはただの決めつけであった。

「本心で」性欲がないと発言している

「羞恥心」や「見栄」で「性欲がない」と発言しているわけではなく「本心で」性欲がないと発言しているのだと痛感した。

その「性欲に振り回される日常がないという次元」にラブドールとオナホールで至れた結果、その発言に何ら見栄や策略心や羞恥心が無いことを肌で知った。沁みるように感じた。

そこに羞恥心を覆い隠す心情もない。本当に性欲というものが反応しない。本心なのだ。

「リアル人間と恋愛セックスしまくらないと…」

くりぃむしちゅー上田晋也氏のように「性欲が湧かない」次元は「リアルの人間」と「セックスしまくる」ということを経て、しかもやり捨てといった次元にとどまらず「愛し合う」という領域である「リアルの人間と彼氏彼女」と「恋愛しまくる」といった過程を経て、さらに「関係を育み続ける」という「リアルの人間と夫婦生活を長年円満に続ける」といった経験を踏んで、やっと「性欲が無い」「性欲が湧かない」「性の悩みがない」という次元に到達できる領域だと思っていた。しかし…

オナホールとラブドールで性欲に振り回される日常は終わる

その「性欲がない」という領域に「人に一度も接触することなく」なんと「オナホールとラブドール」でも到達できてしまったのだ。

それまで「人間と交流する経験」というものは「大きく欠損」してしまったが「性欲がない」というゴールには到達することができてしまった。

リアル人間に触れなくても、オナホとラブドールがあれば性欲に振り回される日常は終わらせることができてしまう。そのコツは「ラブドールとセックスしている最中に“おっぱいはアクセサリーだ”といった視点で楽しむこと」が決め手となった。

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