アニメ『うちのメイドがウザすぎる!』の家政婦のおっぱいが巨乳な理由

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元航空自衛隊という設定の新人家政婦のおっぱいがやたら巨乳な設定になっているのは「気の強いキャラ」を描くためである。アニメで気の強いキャラを表現するためによく「巨乳」である要素が美術に使われる。

まるで頑固キャラのベジータに似た主人公

「嫌い、出てけ、邪魔、ウザい、キモい!」と女性主人公はまるでドラゴンボールのベジータと言わんばかりに、その新人家政婦に罵声を浴びせる。そして浴びせ続ける。嫌い嫌いと言い続ける。突っぱねる。

まるで気の強いブルマに似た巨乳家政婦

しかし、やはり巨乳で気の強いブルマがそんな頑固キャラのベジータにもゴリ押しで心に入っていくように仲間にしていくのと同じく、このアニメの巨乳新人家政婦もゴリ押しで、肉食的に“母親を亡くして心を閉ざした”主人公に接していって段々と仲が良くなっていく。

そして「なぜこの気の強いキャラ設定の家政婦をわざわざ巨乳に描くのか」という疑問が生まれてくる。普通にDカップぐらいでいいのではないかと思ってしまう。しかし、気の強いキャラクターを描く際に、アニメでもドラマでも頻繁に共通している部位設定がある。それが「巨乳設定」である。巨乳設定にすることでそのキャラクターが強気キャラとして描けてしまうのだ。

女性がおっぱいを強調して魅せてくる目的は明白である。「これからオトコノコを狩るよ!」といった性的な誘惑ではなく「自ら愛そうと言わんばかりに信頼する」という人間的な意思表示を意味している。

「相手を疑うことなく、先手を打って信頼してくる」というアピールを意味している。「相手が信頼しているかどうか、まず様子を見る」といったのではなく、先手を打って信頼してくる動機になっている。

これはアニメだけに通じることではなかった。人が豊胸ブラでおっぱいを大きく魅せたりするのは「信頼されるのを待つのではなく、自分から先に相手を信頼する」といったことが体現されている。「谷間を魅せたら強姦された。」といった女性記者の方のニュースが話題になったこともあるが、女性記者の方が求めているのはセックスではなく、この先に信頼するといった動機の体現でしかない。

「人とのコミュニケーションをもっと障壁無く開始したい」といった動機が現実に起こす行為として「アクセサリーを身にまとう」といった行為がある。店舗等の受付嬢の方や店員の方の中で「より話しかけやすい」のは「障壁を感じない」のは「アクセサリーで上品に着飾っている人」という生理的な感覚がある。そしてここで「おっぱい」である。おっぱいは脂肪ではあるものの、アクセサリーとしても役立ってくれるのである。

おっぱいは女性にとって、女装した状態において、性転換した状態において、「脂肪のアクセサリー」と化す。おっぱいは現実的に脂肪であるが一般のTPOでアクセサリーと化す。動物的なエロ、すなわちAVの世界では「おっぱいはエロ」である。しかし、一般のTPOではおっぱいは人間的な意味となる。おっぱいを大きく魅せる行為、谷間を魅せる行為は「先に信頼する」という人間の行動を意味している。動物ではない。人間である。

おっぱいを強調することで、おっぱいが癒やしのアクセサリーとして一助を買ってくれる。コミュニケーションにさらなる壁が消えていく。「受付嬢の方のおっぱいに吸い込まれそうになる」のは「人と人との交流においておっぱいのおかげで壁が無くなっている」ためとなる。「先手を打って信頼されている感覚になる」ため吸い込まれそうになる。

誘惑は表現されていない。「今晩ホテルに誘ってもらうため」でもない。人とのコミュニケーション開始の一助を買ってもらうためにおっぱいを強調している。「受付でナンパされるのを待っている」のではない。

世の女性達がおっぱいを大きくしたがる理由は「なんだぁ、女の人もエロこと考えてるんだねぇ〜げへげへ。」ではなく「アクセサリー感覚で単純にテンションが上がる」点と「先に信頼するという先手を打つコミュニケーションの一助にもなってくれる」という二次的なメリットがあるためとなる。

そしてまさにこの「先に信頼する」という行動が体現されたのが「豊胸ブラでもなんでもいいからとにかくおっぱいを大きく魅せる」という行為となる。その行動は“先天的におっぱいが大きい人にしかできない”のが現実だった。しかし、その現実を乗り越えて「誰にでもその“先に信頼する”行動ができるように」とメーカーたちが手を組んで『豊胸ブラジャー』を生みだし、社会のひずみを潤わせて世にもたらした。

「豊胸ブラ=性に飢えた女性たち」では全く無い。「性生活をより盛んに♥」といった暗黙の了解など無い。そこにあるのは「先に信頼する」という人間的な魅力が付与してくれるよ!という魂胆である。

先に信頼するとは言い換えると「S気質的」で「肉食的」で「気質の強い性質」となる。M気質的ではなく、草食的ではなく、気質の弱い『ケール(ドラゴンボール超のサイヤ人)』ではなく、ドラゴンボール超の気質の強い『カリフラ(ドラゴンボール超のサイヤ人)』となる。そしてその気質の強いカリフラがわざわざ巨乳に描かれるのもまさに気の強い人物を描くための要素として描かれている。そして今回のアニメ『うちのメイドがウザすぎる!』の巨乳家政婦にも気質の強さが描かれている。

そしてなぜエンディングのテーマソングのキーワードが「愛」なのかの謎も溶けていく。「相手が自分のことを信頼してなかろうが自ら先に信頼する」という「先に愛する」といった行為、「先に信頼すると日常がうまくいく」といった行為を伝えたいがためのエンディングテーマソングになっている。

そして女主人公にどんどん友達ができていくというシナリオにやはりなっている。頑固な相手でも、気性の荒い相手でも、「先に信頼すること」で「友だち」の関係が始まることを意味している。

「アニメとリアルは違う。」というのもしっかりこのアニメで描かれている。家政婦を巨乳に描くことで先に信頼する行為がキャラクターのあらゆる行為で描かれている。そして、ちっぱいの主人公が巨乳家政婦を真似するように、そのコア要素である「先に信頼する」といった行為を実践していくうえで友達ができていくシナリオになっている。

巨乳家政婦が「しもべにしてください」ではなくしきりに「友だちになって」というセリフ設定になっているのはすなわち、先に信頼することで「崇拝型の縦関係の人間関係」ではなく、「横関係の良好な人間関係になる」ことを意味する。このアニメは「友達の作り方」が描かれていた。まさにその作り方とは「先に信頼する」という行為1つに集約されて描かれている。

そこでおっぱいが役になっている。おっぱいは縦社会ではなく、横社会を築いてくれる存在なのだ。なぜおっぱいが縦ではなく横に並んでいるのか、その謎もさらに解けていく。おっぱいでつながった人たちは横の人間関係を産み出す。すなわち、先に信頼する行為でつながった人たちは横の人間関係を産み出す。

そしてそして、本題に戻る。「このアニメは性の悩みを終わらせてくれる」という魅力である。今回の巨乳家政婦はよく見たらすごくエロい。普通にDMMでパロディ系のエロアニメが出てしまいそうなほどエロい。動物な視点では普通におっぱい揉みたい、そのバッキバキの腹筋をペロペロしたい、バッキバキの脚をペロペロ抱き締めたいしペロペロしたい、さらに美女、ディープキスされたい、片目が失明しているハンディキャップも愛せてしまう。

この「性的な目で見たらすごくエロい家政婦」のことをハッと気づいたら「性的な目で見ていない」ことに気づいてしまう。その要因こそが、上記の「おっぱいを巨乳に描く理由は気質の強いキャラクターを描くため」はたまた「現実におっぱいを大きく魅せるのは誘惑ではなく先に信頼するという人間的なコミュニケーション行為」という内面を知っているためである。だからこそ、性的な目で観ること無く、性の悩みに振り回されることなく、このアニメを深く集中して楽しめてしまう。

このアニメは哲学である。リアルを変える楽しみも見い出させてくれる。人と交流するTPOで先に信頼する魅力を教えてくれる。そして、性の悩みに振り回される日常を終わらせてくれる一助にもなってくれる。


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